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メビウスCoordinated by
BOOGIE BOY

Disco Classics
Möbius People

Mobius

第1期黄金時代('72〜'74年頃)

この頃の様子について、当時「メビウス」「アフロレイキ」でお仕事をされていた
「SOUL TRAIN GANG」の平本様ご夫妻にお話を伺いました

メビウス
H. HIRAMOTO
Interview

 メビウスは「ホットコーナー」(ダンスフロアを囲む様な椅子席)、「対座」、「カウンター」、「クールコーナー」(サパーコーナー)に分かれていました。
 斬新で画期的な「球型DJブース」は、ダンスフロアの中にあり、DJが常に注目を浴びる様な造りになっていました。壁面は鏡張りでスライドが映し出され、幻想的な雰囲気でした。
 今回は、平本様直筆の「店内見取図」をアップさせて頂きました。

メビウス

第2期黄金時代('76〜'77年頃)

「俺はクッキーフェイスだな」「わかるだろ、ハッカイだよ!」
逗子在住氏(大磯出身40代・・・現在60代)・談

「メビウス」には「グリーングラス」と合わせて通っていました。キャンパスの銀杏の木の前に集合し、メビウス迄歩きました。
ファッションは、交差点の所に「JUN」のお店があったので「JUN」「DOMON」などヨーロピアンが主体。女の子もエレガンス系かな。車は、やや車高低めのGTOに乗っていました。
夏目雅子がデビューした時の化粧品CMソングで「Oh!クッキーフェイス」がメビウスで大人気。ダンスフロアで「クッキーダンス」という踊りを、全員同じ振り付け、同じ方向への動きで踊っていました。皆1列になって同じ方向を向き、斜め45度でステップを踏みながら前後するという不思議な動きは難しくて再現できません。当時「田植え」(脚注参照)と呼んでいました。曲は、ティナ・チャールズ(脚注参照)が歌ったものと夏目雅子が歌ったものの2種類がありましたが、ソウルでは無い、洋楽(ポップス)を含めて人気を博してきた時期で、後の「マハラジャ」に通ずるものがある様な気がします。

ヒット曲
「Silver Convention / 恋のブギー」「Earth Wind & Fire / Fantasy(宇宙のファンタジー)」「Richie Family / The Best Disco In Town(ディスコは恋の合言葉)」「KC & The Sunshine Band / Shake Your Booty」「Walter Murphy & Big Apple Band / 運命'76」「Wing & Player / Baby Face」「Andrea True Connection / More, More, More.」「Rick Dees / Disco Duck」「The 4 Seasons / 1963年12月あの素晴らしき夜」「Wild Cherry / Play That Funky Music」「The Emotions / Best Of My Love」「ボズスキャッグス / ロウダウン」「Silvers / Hot Line(二人のホットライン)『これがハッカイです!』」

脚注
「田植え」 たぶん「オールドマン」だと思われます。

「ティナ・チャールズ」 [Tina Charles] イギリスの女性シンガー。代表曲は「Dance Little Lady Dance(恋のレディ・ダンス)」原曲のプロデューサーは自らもオーケストラを率いていたビドウー。手掛けた代表曲は「Carl Douglas / Kung Fu Fighting(吼えろ!ドラゴン)」「Biddu Orchestra / Rain Forest」「Jimmy James & The Vagabonds / Disco Fever」

第3期黄金時代('78〜'79年頃)

「まず麦踏みから始めろ」「フィラのポロシャツに2万かけてました」
広島在住氏(三茶出身40代・・・現在50代後半・三茶在住)・談

 '74年〜'75年に渋谷方面でディスコデビュー、3年弱のブランク後、場所を六本木に移し、2回目のディスコ・デビューともいうべき時期です。
 私のメビウス・デビュー時、横浜出身の悪友から「そういう風に腕を上下に振りまわすな」「まず麦踏みから始めろ」と厳しい指摘を受けていました。既にJJサーファー系(JJはファッションのバイブル的な月刊誌)が入ってきました。サーファー、ニュートラ、ハマトラ等過去のファッションからの流れで出てきた物、そうでない物両方ありました。この頃、JJは港区方面!?と思い込み。(はっきり言って六本木大好き男と化しました)
 服装はスポーツメーカーのブランド物で固めていました。シャツは半袖が前提でフィラ(特にBj)、フレンチラコ(サーファーの方は米国アイゾット)、タッキーニ、マジア、上級者向けマルボロ等・・・要はフランス、イタリア系のポロシャツ、ファーラーのホップサックもしくはニットに、ベルトはセリーヌ、グッチ(ベルトと同ブランドのキィホルダーを付けるのも忘れず)に、夏はトップサイダーのデッキシューズで冬はクラークスのワラビー、香水はボルトのムスクが自分の定番でした。香り的には琥珀色のジョーバンもOK。渋谷西武のスポーツ館が御用達で、冬はムートンのハーフコート。リバティーベルのダウンも可。女性はチャーリーズ・エンジェルのファラフォーセットメジャーズの髪型、クレージュのサマーセーター(オレンジ)に紺のニットパンツ、ベルトはエルメスでネックレスとお揃いで(金具は金)YSLのウエッジシューズで決まり。「お前に言われたくない!」と思われた方々、ごめんなさい
 車は所詮、レビン・・・しかも排ガス規制後(BMWの3シリーズ、VWゴルフやシロッコ、アウディ、上を見ればきりがない。跳ね馬、930ポルシェ、親父の物であろうメルセデスSクラス等、自分にない物を持ってる人が羨ましかった。唯一、品川ナンバーだけが・・・あの頃今のマセラッティ・ギブリなら)なお、赤のファミリア(フェンダーからドアミラーへ付け替え物)は如何なものかと。どうせならRX-3の13Bあたりで本物のMAZUDAで根性を。
 メビウスの選曲はやはり誰もが頷くCHIC、ドナサマー、シスタースレッジ等のビッグヒットが中心。店としては王道だったのは言うまでもありません。
 また、『金メビ』(ヘビメタではない!)という言葉が「ポパイ」に掲載されました。これは夜中2〜3時あたりになると踊り場の盛り上がりは一段と高まり、店の外の国道246号線沿いにはボードを積んだ車が連なりはじめます。サーファー諸氏はそのまま波乗りへ。その盛り上がりをさした言葉『金曜日の夜はメビウス』の略語でした。

ヒット曲
「D.D. Sound / Cafe」「コンガス / ジャングル」「Electric Light Orchestra / Last Train To London(ロンドン行き最終列車)」「Paul McCartney & Wings / Don't Say Good-bye Tonight」「Kiss / I Was Made For Lovin' You」「The Rolling Stones / Miss You」「Michael Zager Band / Let's All Chant(チャンタで行こう!)」「Cerrone / Love In 'C' Minor」「アレック R コスタンディノス / ロミオ&ジュリエット」「ヴィッキースーロビンソン / Night Time Fantasy」「Sylvester / You Make Me Feel」

補足
※ 広島在住氏は「'90年型プジョー505 V6」を広島に持ってきています。氏のコメントとして・・・2.8LなんでSOHCですがトルクもあるので、まあまあです。しかしながらフランス車の内装ですので重厚感はなくチャッチーと思います。'96年型マセラッティ・ギブリ〜東京で管理してもらってます。怖くて広島へ持って来れない。フェラーリ傘下となった後の車です。昔のビトルボに比べ、ドッカーンターボ的な加速よりもフラットな感じ。(だそうです)

※ ちなみにこの方はサーフィンしません!(僕はドアミラー付け替えのファミリアに乗ってました。如何なものかと・・・ってどーいうことでしょうか!?)


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